啓蟄(けいちつ)

日経3/6の春秋に出ていた言葉です。冬籠りしていた虫がはい出してくる姿は春を迎える喜びを感じさせてくれます。「もうすぐ夏野菜の苗が並ぶのもそう遠くはない」と書かれていましたが、私も春の新しい出発や希望を胸に秘めた時間が好きです。紋白蝶がヒラヒラを花から花へと飛んでいる姿を思い浮かべると、なんともうれしそうで、人間にはない喜びがあるのだろうなと思うことがあります。草花の種だけを見ても、これがそれぞれ違う花を咲かせることは咲くまでわかりません。ひまわりの種を見て、真夏に自分の背丈を越える大輪の花を咲かせるとは、不思議です。それぞれの種に込められた設計図を人間が作ったわけではないので、自然界の神秘に時々心を打たれます。人間はそういった自然が提供してくれる美しい景色を眼で見て感動し、美しい音を耳で聴いてい癒されて、美しい花の香りにトキメイて、美味しいものを食べて舌を満足させ、優しい肌触りに温かさを感じています。仏教でいうところの、眼・耳・鼻・舌・身・意という感覚器官が与えられているからこそ、感じ取れる人間の喜びです。そう考えると、なんて人間は幸せな生き物なのか…と、思うことがあります。赤ちゃんが生まれると、将来実業家になるか、科学者になるか、作家になるのか、医師になるのか、世界的なスポーツ選手になるのか、それとも大悪党になるのか、予測もつきません。が、年月を経て、学問の好きな人は学者になり、スポーツの好きな人はスポーツの選手になり、音楽の好きな人は、音楽家の道に進んでいきます。草花の種とは違いますが、人間もきっとそれぞれの使命が組み込まれていて、それを思い出すとその方向に花開いていくのかもしれないと思うことがあります。世の中よくできていて、先に生まれた先輩たちの姿を見て、自分の興味や関心がどこにあるか見えるようになっています。ありがたいことです。それで人を羨ましく思って人の人生を歩んでしまっては、苦しくなると思いますが、そうではなく、自分の中にある種がどんな種なのかを探究することもできます。時間はかかりますが、「これが自分の種なのだろうなあ」と気付いたら、あとは大切に育てて大きくしていくことで、きっと「いい人生だったなあ」と思うような気がします。半世紀過ぎ、残りの人生何があるかわかりませんが、蝶が蛹から飛び立つような「羽化登仙」に学びたいと思います。

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